戦国武将は男好き?戦国時代は現在より進んだジェンダーフリー!?

武田信玄、織田信長、徳川家康はホモ男色で男好きのバイセクシャル

この事実は、歴女の間では常識になりつつあるのですが、男性にはあまり知られていないことです。

まさか、

戦国時代の歴代武将が、男好きのバイセクシャルだなんて想像もしませんよね

知らない人にとっては衝撃的な事実である「戦国武将が男好き」な事実を暴露!?していきますよ。

小姓という仕事

戦国武将はホモ男色で男好き

戦国時代を描いた歴史ものの小説などでよく出てくる

小姓

について本当のことを知っている人はどれほどいるでしょう?

この「小姓」は、武士の役職の一つで、武将のそばにいて、あらゆる雑務をこなす秘書のような役割を担っています。

幅広い知識や教養、作法を身に付け、武芸にも長けている超エリートなんですね。

前田利家石田三成直江兼続などが小姓経験者として挙げられています。

ここまでは普通の話ですが、本題はこれから。

実は、この小姓は美少年が多く、

戦場における武将の性処理の相手も行なっていたというのが真実です!

戦場に女性を連れて行くことはタブーとされていたため、合戦のあとの高ぶる性欲を満たすには、男の穴を掘るしかないわけです。

武将ともなったら誰からも命を狙われるので、敗者側の女性を犯すことすら命を危険に晒すことになります。

なので、一番信頼のおける小姓を相手に性処理をするわけです。

もちろん性処理の相手というだけでなく、愛の対象ともなっていたため、今ではいろいろな女性向けの同人誌などで題材として取り上げられています。

愛のあるセックスは小姓と、そして、子孫を残すためのセックスは正室や妾(めかけ)というのがこの時代の表に出ない武士の常識だったわけですね。

では、次に歴史上名高い武将についてその偏愛ぶり?!を見てみましょう!

武田信玄は浮気がばれてひと悶着!?

武田信玄はホモ男色でバイセクシャル

男色武将で最も有名なのが武田信玄

その武田信玄を虜にしていたのが、「春日源助」という美少年で、武田信玄は、この小姓に猛烈な勢いで?!いい寄っていたそうです。

にもかかわらず、他の弥七郎という小姓にも手を出していて、そのことを知った源助が、小姓の仕事をボイコットしていたようです。

そこで、信玄が源助に対して必死で釈明をしている恋文が残されているんですね~。

その恋文を簡単に紹介するとこんな感じ。

確かに弥七郎に言い寄ったけど、おなかの調子が悪いといわれて何もしていません。

弥七郎を夜伽させたことは今まで一度もありませんし、昼夜を通してそんなことをしたことなんてありません。

あなたと深い仲になりたいといろいろとしているのに、いろいろと疑われてどうしたらよいかわかりません。

もし、私の言うことが嘘なら、いろいろな神から罰を受けます。本来なら、正式な書類に誓うところですが、この手紙でお伝えします。

とういことで、まさに現在の浮気相手との情事がばれた男が釈明するようなことを手紙に綴っています。

注目してほしいのは、部下に対してかなりへりくだった手紙なんですね。

上司と部下なら、この時代であれば、力づくでやりたいようにやりそうですが、そこは、恋愛の対象としてある意味対等な立場にあったのでしょうか?

真実はわかりませんが、

いい寄ったのは事実だけど、最後まではしていないんです。

あなたといい関係になりたいのにどんどん疑われるし、どうすればいいかわかりません。

なんてことを書いてるわけですね。

そんなわけないやろ~

普通の女性なら、こんな感じに怒鳴りつけたくなるんでしょうけどね。

上杉謙信は禁欲の僧侶!?

上杉謙信は男色でバイセクシャル

上杉謙信は生涯妻帯せずに、禁欲生活を貫いたというのが、歴史において

不犯(ふぼん)の聖将

などと呼ばれて神格化されている原因です。

はたして、上杉謙信は、本当に禁欲を続けていたのでしょうか?

私が考える答えはNo!

まずもって、戦いの場における男性の性欲を抑えることは不可能だからです。

あのイチローだって、試合のあった次の日は性欲が抑えられずに浮気をするくらいですから。

イチローのスキャンダルまとめ!人妻との不倫の噂や葉月里緒奈まで!

それに、上杉謙信の情報を集めた文書で

上杉謙信は若い衆が好きなようだ

というものも残されています。

なので、上杉謙信の場合、子孫を残すためのセックスはしなかったけど、戦場における性欲処理はしていたのではないかと考えています。

とは言え、上杉謙信は、こんな歌を残しています。

つらかりし 人こそあらめ 祈るとて 神にもつくす わかこゝろかな

つまり、

想うだけで辛くなる人がいるが、どんなに願ったとしても、私の心は神に捧げてしまっている

ということで、例えば、恋愛の対象が女性だろうと男性だろうと、心を神に捧げたからには想いを遂げることはできないということになるんですね。

なのでこの歌から読み取るとすると、史実のように、生涯禁欲を続けたことになります。

果たして真実はどうなんでしょうね(笑)

織田信長はお蘭に首ったけ!?

織田信長はホモ男色でバイセクシャル

織田信長といえば、セットで森蘭丸がついてくるくらい、小姓である蘭丸との関係が深かったことで有名です。

信長が「お欄」と呼んでいたくらいなので、それだけでその関係が推察できますよね(笑)

また、織田信長が、自分の側近や大名たちに自慢できるものを話すときには、必ず蘭丸が入っています。

その自慢できる3つのものは、

  • 奥州から献上された白斑の鷹
  • 青の鳥
  • 森蘭丸

だそうです。

他の動物と並べられているところがちょっと?な感じもしますが、それほど信長からは寵愛されていたんです。

これだけ織田信長に気に入られるのにはそれなりの理由があるのですが、そのエピソードを2つ紹介します。

刀の鍔の模様はいくつ?

信長が、小姓たちに刀の鍔(つば)の模様がいくつあるか訪ね、当てたものには褒美をやるといったとき、蘭丸だけが答えなかったそうです。

信長がなぜ答えないのか聞いたところ、答えを知っていたから答えなかったということで、信長としては、黙っていたらわからないのになんど正直なやつだと感心して、褒美を蘭丸に与えたそうです。

指の数は10本

ある日、信長が爪を切って扇子の上にのせて、小姓に捨ててくるよう命令しましたが、それを途中でやめさせます。

そして、蘭丸を呼んで爪を捨てにいかせたところ、蘭丸は

殿、あと一つはどこへやったのですか

と信長に訪ねました。

信長は、わざと爪を9つしか扇子にのせていなかったわけです。

このことに気づく蘭丸に、信長は

さすがわしのお気に入りじゃ

といってご満悦の様子だったそうです。

織田信長がこれほど寵愛していた蘭丸は、本能寺の変で信長と同じ場所で、18歳という短い一生を終えています。

LGBT(レズ・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)が選挙の公約に関係してくるくらい認知されてきた世の中とはいえ、戦国時代にこんな表に出ない隠された愛のカタチがあったことにびっくりしますね。

豊臣秀吉にはこれっぽっちも。。。

豊臣秀吉はホモで男色でバイセクシャル

農家の出である豊臣秀吉だけは、男色がまったくありませんでした。

というのも、小姓を性の対象とするのは、ある意味特権階級である上級武士だけの嗜(たしな)みであったためです。

そんなこんなで、戦国武将の中でも、女人禁制と言われる戦場に女性を連れて行った唯一の武将です。

そんな秀吉は、他の武将からバカにされることもあったようで、家臣たちがなんとか経験してもらおうと相談し、美少年を集めて秀吉に差し出したところ、流石に秀吉も少しはいちもつが反応したのか、一人の少年を寝室へ釣れていきました。

しかし、数分も経たない内に寝室から少年が出てきたので、家臣が少年になにがあったのか尋ねると、

お前に姉はおるか?

とたずねたとのことで、それ以来、誰も秀吉に男色を勧めることはなかったそうです。

家康、お前もか!

徳川家康はホモで男色でバイセクシャル

ということで、家康の小姓で有名なのは、井伊直政です。

実は、徳川家康は男色に興味がなかったと言われていいます。

その徳川家康をとりこにした魔性の美少年が井伊直政でした。

記録には、

容顔美麗にして心優にやさしき

と残っているほどの美少年だったようです。

この頃の少年には、元服といって14歳で成人として結婚を許される年になる儀式があったのですが、家康が直政の元服をなかなか許さず、22歳まで手元に長く置いていたという逸話がのこっています。

現在でいうと、束縛の強いパパみたいな感じですね(笑)

家康が世継ぎを残すために作ったのが大奥なのですが、あなたが知っているような大河ドラマに出てくるような大奥になったのは、3代将軍徳川家光のときです。

徳川家光は女性に興味すらない男色家だったため、乳母であった春日局が大奥を整備し、美女を男装させた上で、徐々に女性にも興味をもたせることに慣らせていったという逸話が残るほど。

ある意味このころの性の多様性は、現在より開かれていたのかもしれませんね。

戦う男の男色は世界共通

戦国武将はホモで男好きのバイセクシャル

日本に限らず、ローマ、ギリシャ、中国など戦いに男色はつきものなんですが、

最近では、ワンダーウーマンなどの戦う女性が注目を浴びたり、アメリカの軍の20%が女性だったりしますが、その3人に1人がレイプ被害にあっているという話があります。

過去、戦いの世界に女性を連れて行くなんてことは、弱みを持って戦いに行くようなもので、男性とっての聖域ともいえる場所に女性が立ち入ることはあり得なかったわけです。

戦闘は、男性を奮い立たせ、男性ホルモンがガンガンに分泌されるわけですよね。

戦争が終わったあとには負けた側の国の女性が犯されることがあたりまえの状態でした。

この状態で、自軍に女性がいたら、当然性の対象として犯されれる危険も伴っているわけです。

通常であれば、起らないことも戦場という異常な環境が人の理性をふっ飛ばし、性欲が支配してしまうわけです。

それなのに女性が軍隊に入ることを希望する理由が私にはさっぱりわかりません。

アメリカ軍の20%の女性のうち、3人に1人がレイプを経験しているというのも、ある意味納得のいく数字のように思えます。

とは言え、倫理という観点から、時の指導者は敗戦国の女性の保護を守ろうとしてきています。

だからこそ、軍隊における同性愛が生まれたと考えるほうがいいかもしれませんね。

過去の戦闘に話を戻しましょう。

戦争では勝敗が決定するまでにはそれなりの期間が必要なため、一定の期間、性欲を処理する方法が必要です。

一兵士であれば、立ち寄った町などで女性を相手に性欲を処理すればいいわけですが、大将は命を狙われる危険もあり、自由に行動することはできません。

だからこそ、信頼の出来る美少年を近くに置き、身の回りの世話や警護に加えて、性愛?の対象としていたわけです。

女性より男のことがわかる美少年の方が「勝手知ったる」で重宝されるようになったということですね。

今では、世界中どこにいても世界の情報は瞬時に共有することができますが、そんな情報の共有もできなかった時代に世界中で同じような男色文化が成立していたということは、それだけ性というものが私たちにとって、切っても切り離せないものだということです。

タブーとされてきた性のことをもっとオープンに知ることができる世の中になってきているとは思いますが、もっと多くの人にいろいろな性のかたちがあることを知ってもらえたらと思い、日本の戦国武将を取り上げてみました。